下仁田の中心からさらに山あいへ車を走らせ、姫街道の奥にぽつんと佇む、木づくりの湯——八千代温泉 芹の湯(やちよおんせん せりのゆ)。
ここのお湯、とにかくぬるぬるだった。
湯船に足を入れて沈み込んだ瞬間、肌に薄い膜が一枚乗ったみたいに、つるんとすべる。温泉でよく聞く「ぬるすべ」を通り越して、もう「ぬるぬる」と言いたくなる濃さ。しかもこの湯、いわゆる「アルカリ性の美人の湯」ではなく中性の冷鉱泉(れいこうせん=源泉の温度が低い温泉のこと)。なのにこのぬめり。島根や大分でかけ流しに開眼してから群馬の湯ばかり巡ってきましたが、中性でここまでぬめる湯はなかなか記憶にありません。群馬の温泉の中でも、かなり個性の立った一湯でした。
この記事では、芹の湯のぬるぬるの正体、ぬるめのお湯の体感、源泉かけ流しの掲示、そして料金・営業時間・アクセスといった日帰り入浴の実用情報まで、実際に立ち寄った記録としてまとめます。
※本記事は単独で立ち寄った日帰り入浴の記録です。料金・営業時間などは訪問時点(2026年6月)のもの。最新情報は公式サイト・電話でご確認ください。

八千代温泉 芹の湯ってどんなところ?
芹の湯があるのは、群馬県甘楽郡下仁田町(しもにたまち)の西野牧(にしのまき)。国道254号から県道43号(下仁田軽井沢線)へ折れ、軽井沢方面へ山道をぐいぐい登っていった先にあります。すぐ近くには世界文化遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産のひとつ荒船風穴(あらふねふうけつ)や、テーブル状の山容で知られる荒船山(あらふねさん)。歴史的には中山道の脇往還・上州姫街道沿いで、公式サイトや観光協会も「姫街道の隠れ湯」「源泉掛け流しの秘湯」と紹介しています。
建物は、外も中もたっぷりの木づくり。玄関を抜けると、天窓から光の差し込む広い休憩スペースに、年季の入ったソファと畳。山の共同湯にそのまま招き入れられたような、力の抜ける空気が流れています。観光地のスパ施設のピカピカ感とは正反対で、ここは「鄙び(ひなび)」を味わいに来る湯です。

とにかく「ぬるぬる」だった——その正体
さて本題。芹の湯の主役は、なんといってもこのぬるぬるの肌触りです。
木にぐるりと囲まれた浴室に入ると、木をくり抜いた湯口から、お湯がとろりと注がれています。湯船の底は石を敷きつめた造りで、お湯はほんのり緑がかった、やわらかな色。手ですくうと、指の間をぬるんと流れていく感覚があります。

このぬめり、正体は大きく2つあると考えられます。
① 重曹成分(炭酸水素塩)のはたらき
芹の湯の泉質には「炭酸水素塩」、いわゆる重曹(じゅうそう=炭酸水素ナトリウム)の成分が含まれています。重曹を含むお湯は、肌の表面の皮脂をやわらかく包み込み、ぬるっとした独特のなめらかさを生むと一般に言われています。「アルカリ性のお湯はぬるつく」という話は有名ですが、芹の湯はpHは中性。それでもこれだけぬめるのには、この重曹成分も効いていそうです。施設の掲示でも、この湯は「滑らかさと浴後のさっぱり感が特徴」と説明されていました。
② 浴槽に育つ「温泉藻」
もうひとつ、浴室に貼られた掲示に面白いことが書いてありました。芹の湯では浴槽の中に温泉藻(おんせんそう=緑藻の一種)が育っているとのこと。源泉が掛け流しで、成分が豊かな環境でしか見られない現象だそうで、お湯の緑がかった色や、石の表面のぬるりとした手触りは、この藻によるところもあるようです。掲示には「他の温泉環境ではなかなか見ることができない珍しい現象」とあり、人体に害のある藻は報告されておらず浴槽清掃も定期的に行っている、とも添えられていました。
ちなみに「藻」と聞いて身構えるのは、もっぱら足元の話。肌をすべるぬるすべ(気持ちいい)と、石や床のぬめり(滑って危ない)は別もので、後者は記事の後半であらためて注意します。

重曹の成分由来のなめらかさと、温泉藻による滑り。その両方が合わさって、あの「とにかくぬるぬる」が生まれていそうです。理屈を知ると、ぬめりの見え方が少し変わります。
なお、芹の湯のお風呂は男女入替制。私が浸かったのは、この木の湯口のある浴室でしたが、もう一方は岩づくりで、壁から源泉がじわりと染み出してくるタイプらしいんです。日によって男女が入れ替わるそうなので、次に来たら別のお湯に入れる。そんな楽しみも残してくれます。
ぬるめなのに、湯上がりはずっとポカポカ
もうひとつ、来る前に知っておくとよいのがお湯の温度です。
芹の湯の源泉は15.8℃の冷鉱泉。つまり、そのままでは冷たくて入れないので、加温して使われています。供給温度は体感で40℃前後、いわゆる「ぬるめ」。熱いお湯にガツンと浸かってスッキリしたい人には、正直「あれ、ぬるいな」と感じるかもしれません。
でも、ここでせかせか上がってしまうのはもったいない。ぬるめの湯にじっくり長く浸かるのが、この湯の正しい入り方です。私もしばらく身を沈めていたら、体の芯からじんわり温まってきて、上がったあともポカポカがずっと続く。食塩を含むお湯は保温が長持ちするとされますが、それを素直に体感できました(成分の話は次の「泉質」で)。

「熱い湯でビシッと」よりも「ぬるい湯でとろとろ長湯」。その気分の日に、芹の湯はぴったりはまります。
源泉かけ流し、でも掲示は正直に
温泉好きとして、お湯の使い方の掲示はきちんと見ておきたいところ。芹の湯の浴室には、利用状況の掲示がきちんと出ていました。記録しておくと、こんな内容です。
- 加水:なし
- 加温:あり(源泉が冷鉱泉のため。貯湯槽の衛生管理の目的)
- 循環ろ過:なし
- 入浴剤:なし
- 消毒:衛生管理のため塩素系薬剤を使用
別の掲示には「源泉掛け流しで営業しております」とあり、先ほどの温泉藻の話とあわせて、新鮮なお湯が常に注がれていることがうかがえます。一方で、冷鉱泉ゆえの加温と、衛生管理のための塩素消毒もきちんと併記されている。「100%完全かけ流し」と大げさに謳わず、事実を正直に出しているわけです。この誠実さは、むしろ好感が持てました。ちなみに塩素のにおいは、入っていて特に気になりませんでした。

泉質をもう少し詳しく
掲示の温泉分析書によると、芹の湯の泉質はこちら。
含二酸化炭素-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉(高張性中性冷鉱泉)
源泉名:八千代温泉/源泉温度:15.8℃/pH:中性
名前が長いので、ひとつずつほどいてみます。
- 含二酸化炭素……炭酸ガス(二酸化炭素)を含むタイプ。※冷鉱泉を加温して使うと炭酸ガスは抜けやすいので、源泉そのままの強い泡付きとは別物です。
- ナトリウム-塩化物……いわゆる食塩を含むお湯。塩分が湯冷めしにくさにつながると言われます(肌に薄い塩の膜ができて保温を助けるため、というのが通説ですが、仕組み自体は仮説とされます)。古くから「熱の湯」とも呼ばれるタイプ。湯上がりのポカポカが長続きするのも、この塩分が一役買っているのかもしれません。
- 炭酸水素塩……重曹の成分。あのぬるぬるのもと。
- 高張性……お湯に溶けている成分が濃い(体液より濃い)という意味。成分が濃いぶん、長湯はほどほどにしたほうがよいとされます。なめると塩気をしっかり感じる濃さでした。
- 冷鉱泉……源泉が25℃未満の温泉(鉱泉)。芹の湯は15.8℃なので、沸かして使う前提のお湯です。
おもしろかったのは、帰宅してから。家で手や足を洗ったときにも、まだ指先がぬるっとしたんです。体液より濃い高張性のお湯だけあって、成分が肌にまとわりついて残っていたのかもしれません。それくらい“濃い”お湯でした。

効能について。施設に掲示された「注意決定書」(県へ届け出た禁忌症・適応症の公式掲示)によれば、浴用の適応症として、自律神経不安定症、ストレスによる諸症状(不眠・うつ状態など)、病後回復期、疲労回復、健康増進、きりきず、冷え性、末梢循環障害、皮膚乾燥症……などが挙げられています(いずれも掲示の文言そのままの引用で、特定の効果を保証するものではありません)。
一方で禁忌症(入らないほうがよい人)として、病気の活動期、発熱、進行した悪性腫瘍や高度の貧血など重い病気のある方などが挙げられています。高張性の濃いお湯なので、のぼせやすい方や体調のすぐれない日は、長湯を避けて無理のない範囲で。
※温泉の効能は体質や体調によって感じ方が異なります。本記事の効能は公式掲示の引用と、あくまで個人の感想です。
【注意】床がとにかく滑る
これは実用情報として強くお伝えしておきたいのですが、芹の湯、床がとにかく滑ります。
お湯がぬるぬるなのは魅力ですが、その分、浴室の床も、湯船のふち(縁)も、石を敷いた浴槽の底も、ぬるっとよくすべる。私も歩くたびにヒヤッとしました。浴槽は浅い湯船と深い湯船が段差で分かれているので、またぐときは特に注意。手すりを使い、すり足でゆっくり動くのが安心です。小さなお子さんやご高齢の方は、足元をいっそう慎重に。
「ぬるぬるして気持ちいい」と「ぬるぬるして滑る」は表裏一体。ここだけは油断しないでください。

お風呂上がりはお食事処で
芹の湯には、お食事処が併設されています。今回は入浴のみで食事はしていないので味の感想は書けませんが、メニューと評判から名物を紹介しておきます。
看板メニューは自家製ホルモン。自家製のタレに漬け込んだもので、お持ち帰り用(1人前800円〜)もあり、口コミでも「大ぶりで味付けが良い」と評判です。さらに珍しいのが源泉豆腐。この土地ならではの一品で、気になる人は試す価値あり(量と値段の感じ方には個人差があるようなので、そこは期待を調整しつつ)。ほかにも川魚のマス料理、釜揚げうどん、定食類など、山の食堂らしいラインナップが並びます。
下仁田といえば下仁田ねぎと下仁田こんにゃくの里。ぬるぬるのお湯でゆるんだあと、山の幸でもう一度ほっとする。そんな半日の過ごし方ができる場所です。


アクセス・料金・基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施設名 | 八千代温泉 芹の湯 |
| 住所 | 群馬県甘楽郡下仁田町西野牧 |
| 電話 | 0274-84-3812 |
| 入浴料金 | 大人(中学生〜)800円/子供(小学生)500円 |
| 営業時間 | 11:00〜20:00 |
| 定休日 | 木曜日・第2金曜日 ※月により変動あり |
| 日帰り入浴 | 可(日帰り入浴専門・宿泊なし) |
| 食事処 | 平日 11:00〜14:00/17:00〜20:00、土日祝・連休は休憩なし営業 |
| お風呂 | 内湯2か所(男女入替制・木の浴室/岩の浴室)・露天なし |
| 泉質 | 含二酸化炭素-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉(高張性中性冷鉱泉) |
| 湯づかい | 加水なし/加温あり/循環なし/入浴剤なし/塩素消毒あり(掲示より) |
| アメニティ | シャンプー・ボディソープ・ドライヤーあり(タオルは持参が安心) |
| 駐車場 | あり(普通車約15台) |
| 支払い | 現金(カード・電子マネーの可否は要問い合わせ) |
| 公式サイト | https://www.serinoyu.com/ |
アクセス(車が基本)
上信越自動車道・下仁田ICから約20km、30〜40分ほど。国道254号を佐久・軽井沢方面へ進み、県道43号(下仁田軽井沢線)へ。山道に入ると道幅が狭くなる区間があり、すれ違いには注意が必要です。公共交通は上信電鉄・下仁田駅からバスがありますが本数が少なく、マイカー利用が現実的です。
料金・営業時間・定休日は変更されることがあります。遠方から向かう場合は、事前に公式サイトか電話(0274-84-3812)でご確認を。
芹の湯とあわせて巡りたい
せっかく山あいまで足を延ばすなら、まわりも楽しんで。
- 荒船風穴……世界文化遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産のひとつ。天然の冷気で蚕種(さんしゅ=蚕の卵)を冷蔵保存した風穴で、石積みが残り国の史跡として公開されています。
- 荒船山……テーブルのような独特の山容。内山峠からのハイキング帰りの一湯に、芹の湯はうってつけ。
- 下仁田ジオパーク/妙義山……ダイナミックな地形と奇岩の絶景。
- こんにゃくパーク……無料のこんにゃくバイキングや工場見学で人気。
- 下仁田ねぎ・下仁田こんにゃく……町を代表する名産。
同じ下仁田町には、芹の湯と同じく含二酸化炭素をふくむ冷鉱泉を引く日帰り温泉「下仁田温泉 清流荘」もあります(こちらは炭酸水素塩泉で、泉質の細かな顔ぶれは少し違います)。下仁田の“ぬる湯・冷鉱泉めぐり”として、あわせて立ち寄るのもおすすめです。
まとめ|こんな人におすすめ
最後に、芹の湯がハマる人・気をつけたほうがいい人を整理します。
おすすめな人
- とろみのある肌触りのお湯が好きな人
- ぬるめの湯にじっくり長湯して、湯上がりの温もりを楽しみたい人
- ピカピカのスパより、木のぬくもりに満ちた鄙びた秘湯の空気が好きな人
- 荒船山ハイキングや下仁田ドライブの帰りに、山の立ち寄り湯を探している人
気をつけたい人
- 熱いお湯でビシッとしたい人(ぬるめなので物足りないかも)
- 床がよく滑るので、足元に不安のある方は慎重に
- 混み合う時間帯は浴室が手狭に感じることも
中性なのにとろとろにぬめる、群馬では珍しい含二酸化炭素系の冷鉱泉。下仁田の山奥まで足を運ぶ価値のある、記憶に残る一湯でした。


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