「薪で沸かした湯は柔らかい」「湯冷めしにくい」「遠赤外線で湯の質が変わる」。銭湯や鉱泉宿の話になると、この手の言い回しがどこかについてくる。私自身、富岡の大島鉱泉の記事で、薪で沸かした湯の肌あたりを柔らかいと書いている。それが薪のおかげなのかどうか、書いた本人が分かっていない。
答えから書く。燃料そのものが湯を変えるという根拠は、調べた範囲では見つからなかった。薪とガスの両方で沸かす銭湯を浸かり比べた、銭湯を運営する側の人は「体感はほぼ変わらなかった」と書き、物理と化学の資料もそちらを支持する。
ただ、薪で沸かす風呂には「違って感じやすい事情」が別にある。井戸水、毎日張り替える新湯(さらゆ=張ったばかりの湯のこと)、塩素なし、熱めの湯温、そして釜場の煙の匂い。どれも燃料の話ではなく、湯使いと環境の話だ。
この記事では通説を4つに分けて、成立する機序と成立しない機序を仕分けし、最後に群馬で実際に薪で沸かしている湯で答え合わせをする。
※本記事は公開資料と自分の入浴体験に基づく考察で、効果を保証するものでも医学的助言でもない。
「薪 vs ボイラー」は、そもそも何と何を比べているのか
「薪で沸かす」と一口に言っても、やり方は2つある。
1つは、浴槽の下で直接火を焚く直火の釜。五右衛門風呂がこの型で、薪ボイラーを扱う業者の解説にも「風情がある反面、温度調節が難しく、浴槽自体が非常に熱くなる」と書かれている。もう1つは薪ボイラー。本体の中に燃焼室と熱交換器(湯を直接混ぜず、壁越しに熱だけを渡す装置のこと)があり、薪を燃やした熱で水を温める。浴槽は普通のもので、温度調節もしやすい。つまり後者は、熱源が薪なだけの「ボイラー」だ。
比べられる側の「ボイラーの湯」は、重油・灯油・ガスを燃やして70〜80℃の湯を作り、それを熱交換器に通して浴槽の湯を間接的に温める方式が代表格になる。石川県の金城温泉はブログで「お風呂のお湯の周りに、熱いお湯(70~80℃くらい)を流して温めます」と自館の仕組みを説明している。そこにろ過機と、塩素を注入する装置が組み合わさる。重油を使う銭湯は全国の約35%という全浴連の数字もある(東京商工リサーチ、2026年6月)。
つまり「薪かボイラーか」は、湯の性格を決める分かれ目ではない。分かれ目は主に2つ。毎日張り替える新湯か、循環か。塩素を入れるか、入れないか。直火か間接加温かも効くという説はあるが、後で見るとおり実証はされていない。
もう1つ。温泉法で浴室への掲示が義務づけられている「温泉成分等掲示表」には、加水・加温・循環ろ過・消毒の4項目はあっても、熱源の欄はない。薪で沸かしているかどうかは、番台で聞かない限り分からない。
通説①「薪の湯は柔らかい・まろやか」|答えは火ではなく水にありそうだ
薪の湯とガスの湯を、運営する側から浸かり比べた人がいる。全国5店舗の休廃業する銭湯を継承する会社の統括マネージャーで、800店舗以上の温浴施設を巡った相良政之氏だ。2025年3月の&Premiumのコラムで、こう書いている。「ガス・薪併用で沸かしている店もあるので、比較してみましたが薪沸かしだろうがガス沸かしだろうが、正直なところ体感はほぼ変わらなかったです。」成分についても「数字で見たらきっとなんら違わないお湯です」と、燃料で湯が変わる説には否定的だ。
薪で焚いている側の声もある。千葉県鎌ケ谷市の鎌ケ谷浴場を取材した2017年の記事(地エネの湯)で、記者が「薪で沸かしているから、こんなに柔らかいお湯になるんですか?」と店主に聞くと、返ってきた答えは「いや、それもあるかもしれないけど、おれは、水だと思うね。ここの井戸水は、ちょっと違うよ。」だった。薪の火を毎日見ている店主が、柔らかさの理由を燃料に置いていない。
沸かして変わる部分はある。水に溶けた炭酸水素カルシウムは、加熱すると分解して炭酸カルシウムになり、溶けきれない分が固体として析出する。やかんの内側につく白い固まりの正体で、この「沸かすと抜ける硬度」を一時硬度と呼ぶ。技術士の解説資料(SCE・Net、2022年)には、水温が上がるほど析出しやすくなる計算表も載っている。沸かした湯の硬度が元の水より下がること自体は本当だ。
ただし、これは薪固有の現象ではない。相良氏の銭湯のボイラーは湯を「70度付近まで温度を上げた後、別のタンクで水と混ぜている」し、金城温泉の熱交換器も70〜80℃の湯を回している。70℃前後まで上げるのは、薪の釜だけではない。
群馬でも「井戸水だから柔らかい」は一般化できない。前橋市水道局の検査結果(2026年6月)では、硬度が地点によって17〜133mg/Lと8倍近く違う。井戸か水道かより、水源が何かが先に効く。
では、薪の風呂の柔らかさは何なのか。鎌ケ谷浴場の記事に答えに近い記述がある。普通の浴場は湯を循環させて再利用するが、鎌ケ谷浴場では毎日新しい湯が焚かれ、だから塩素などの匂いがまったくない、と。そのうえで記者はこう推定する。「とはいえ毎日お湯を一から焚き直すには、石油ボイラーではコスト的に実現不可能だろう。」
ここが本質だと私は思う。薪が湯を柔らかくしている根拠は見つからない。だが、廃材の薪で焚けば燃料代はほとんどかからない。だからこそ、毎日湯を捨てて張り直し、循環もろ過も塩素も使わない、という湯使いが成り立つ。柔らかいと感じさせているのは火ではなく、その湯使いの方だろう。
- ✕ 燃料が水を変える
- △ 沸かすと一時硬度が抜ける(ボイラーでも同じ温度に届く)
- ○ 薪だから毎日新湯・塩素なしが成り立つ(燃料ではなく湯使いの話)
通説②「湯冷めしにくい・芯まで温まる」|半分は「熱かった」で足りる
薪の風呂は熱めに焚かれがちだ。鎌ケ谷浴場の取材記事では温度計が46度を指していたと書かれているし、直火の釜は「温度調節が難しく、浴槽自体が非常に熱くなる」と業者の解説も認めている。火加減を細かく刻めない分、熱い側に倒れる。
熱い湯に入れば体温は上がり、上がった分だけ冷めるまでに時間がかかる。「薪の湯は湯冷めしない」の少なくとも半分は、燃料ではなく湯温の説明で足りてしまう。
残りの半分に、相良氏が仮説を1つ出している。五右衛門風呂やドラム缶風呂のように釜を直接薪で熱した場合は輻射熱が発生し、下から熱するため対流が生まれ、温度ムラが出にくいなど「湯冷めしにくい」と感じる可能性はあるかもしれない、と。相良氏自身が「あるかもしれません」で止めているものを、私が格上げする理由はない。
混同しやすいのが泉質だ。塩化物泉が「熱の湯」と呼ばれる根拠として、41℃15分の入浴で食塩濃度が高いほど体温の上昇が大きく、出浴後の体温の下がり方も緩やかだった、という実測がある(鏡森ら、日本温泉気候物理医学会雑誌、2002年)。機序は仮説の段階だが、これは成分と湯温と時間の話であって、燃料は式に入っていない。沸かし湯で「芯まで温まった」と感じたら、薪より先に成分表と温度計を疑う。
最後に安全線。消費者庁は入浴中の事故防止として、湯温は41度以下、湯につかるのは10分までと呼びかけていて、42度の湯に10分つかると体温が38度近くに達することを理由に挙げている。環境省の温泉の浴用注意でも、高齢者や高血圧・心臓病・脳卒中の経験がある人は42℃以上の高温浴を避けるとされている。「湯冷めしにくい湯」を求めて熱い湯に長く入るのは、話が逆になる。
- ○ 熱い湯は体温を上げる(燃料は関係ない)
- △ 直火の対流で温度ムラが出にくい(仮説のまま)
- ✕ 薪の熱は「質」が違う
通説③「遠赤外線で湯が変わる」|水は1mmで吸い切る
薪の話には遠赤外線がよく出てくる。炭火の焼き物は中まで火が通る、あのイメージが湯にも持ち込まれている。
遠赤外線(赤外線のうち波長が長い側のこと)が水に吸収されやすいのは本当だ。吸われやすいからこそ、湯の奥には届かない。工業用ヒーターの設計資料には、1992年の専門書を引いて「1㎜以上の厚さの水膜は、3μm以上の遠赤外線をほぼ100%吸収する」とある。釜の壁から出た遠赤外線は、壁に接した最初の1mmの水で吸収され尽くす。浴槽の湯には数十cmの深さがある。湯全体は、その1mmが受け取った熱が隣の水に伝わり、温まった水が動くことで温まる。伝導と対流だ。ここは薪でもボイラーでも変わらない。
相良氏も自店の方式について「輻射熱・遠赤外線による水質の変化はないのではと思っています」と書いている。遠赤外線が湯の何かを変える、という説明に、私は根拠を見つけられなかった。熱は熱として水に入るだけだ。
薪ストーブのサウナで「熱の質が違う」と感じるのは別の話だ。あちらは輻射が空気越しに肌へ直接届く。湯船では、間に水がある。
- ✕ 遠赤外線が湯全体に届いて湯を変える
- ○ 湯は伝導と対流で温まる(薪もボイラーも同じ)
通説④「薪の香りと雰囲気」|これは否定しない
ここまで燃料の効果を削ってきたが、4つ目は削らない。
釜場から漂う煙の匂い、積まれた薪、毎日火を起こす人がいるという事実。どれも成分表には載らないが、入浴の体験には確かに含まれている。日本温泉協会は温泉の効果を、温熱・浮力・水圧などによる物理的効果と、転地・気候などの環境による効果とに分けて説明している。薪の匂いや釜場の景色は、この「環境」の側にある。湯質ではないが、幻でもない。
私は井戸水を薪で沸かす下町の銭湯で育った。大島鉱泉で薪の話を聞いて、評価が甘くなっていた自覚はある。
その甘さを心理効果と呼んで切り捨てるつもりはない。ただ、それを「湯が柔らかい」という湯質の言葉で語ると、話がまた燃料に戻ってしまう。匂いと景色は匂いと景色として、湯は湯として、分けて楽しめばいい。
- ○ 薪の匂い・釜場の景色は体験の一部(環境の効果)
- ✕ それを湯質の違いとして語る
群馬で答え合わせ|大島鉱泉の「薪」は、燃料の違いでは説明がつかなかった
富岡市の大島鉱泉は、3代目のご主人が毎日、薪をくべて湯を沸かしているという。薪は解体した家の廃材を再利用しているそうだ。源泉は14.5℃・pH9.0の冷鉱泉。浴室の掲示表は加水「あり」・加温「あり」・循環ろ過「なし」・消毒剤「なし」だ。

薪であることは、この掲示にも書かれていない。あるのは循環ろ過「なし」と消毒剤「なし」の2つだ。廃材の薪で燃料代がほとんどかからないから、毎日沸かし直す湯使いが続く。鎌ケ谷浴場と同じ理屈が、西上州の小さな一軒にもあった。
月曜の午後に入った私の体感は、pH9のわりにぬめりは弱く、意外なほどさっぱりして、41〜42℃で長く入っていられる、というものだった。当時の記事では肌あたりを柔らかいと書いた。今なら「回さず、塩素も入れない湯だから」と読み直す。薪が理由だとは、もう書けない。
西上州の日帰り温泉5湯を並べた記事では、加温「あり」の湯が4つある。中身は揃っていない。循環ろ過が「あり」や「一部あり」で消毒「あり」の湯、循環ろ過「なし」で消毒「あり」の湯、そして両方「なし」なのは大島鉱泉だけだ。薪以外の湯の熱源は掲示にも公式サイトにも書かれていないし、私も聞いていない。湯の性格を読ませているのは燃料ではなく、循環ろ過と消毒の欄だ。
- 大島鉱泉の記事:大島鉱泉(富岡)|群馬で希少な“温泉銭湯”を日帰りレポ
- 5湯の加水・加温・循環ろ過・消毒の早見表:安中・富岡・下仁田の日帰り温泉5湯|西上州の冷鉱泉めぐり
まとめ|見るべきは燃料ではなく、循環ろ過と消毒の欄
4つの通説を仕分けると、こうなる。
| 通説 | 燃料で説明できるか | 説明がつく要因 |
|---|---|---|
| 柔らかい・まろやか | できない(当事者2人の証言のみ。硬度の変化はボイラーでも同じ) | 水源・毎日の新湯・塩素なし |
| 湯冷めしにくい・芯まで温まる | できない(燃料と結びつく根拠なし) | 湯温(熱め)・泉質・入浴時間。直火の対流は仮説止まり |
| 遠赤外線で湯が変わる | できない(水は1mmで吸収) | なし。湯は伝導と対流で温まる |
| 香り・雰囲気 | できる(燃料の匂いそのもの) | 環境の効果として本物。ただし湯質ではない |
薪で沸かす湯が違って感じられるとしたら、薪が湯を変えたからというより、薪だからこそ成り立つ湯使い、つまり毎日張り替える新湯と塩素を入れない運用のせいだろう。その湯使いは、燃料が何であれ掲示表の「循環ろ過」と「消毒」の欄に出る。
だから次に釜場の煙を見かけたら、私は燃料の話を後回しにして、先に掲示の2つの欄を見る。見てから、煙の匂いを楽しむ。順番はそれでいい。
同じように通説を資料で仕分けた記事に、水風呂は心臓に悪い?サウナ温冷交代浴の最新論文レビューがある。
出典
- 相良政之「『薪で沸かすお湯は湯冷めしにくい』は嘘かも? 風呂屋・相良政之#3」&Premium(2025年3月18日)
- 地エネの湯「地元に愛される、銭湯焚きの匠の技、ここにあり。」(鎌ケ谷浴場・2017年5月10日公開/2019年9月22日更新)
- 日本ヒーター株式会社 設計資料「遠赤外線・近赤外線について」(引用元:高田紘一ほか『実用遠赤外線』人間と歴史社、1992年)
- 鶴田邦弘(技術士・化学部門)「炭酸カルシウム系水垢の生成に伴う溶解析出挙動の考察」SCE・Net R-87(2022年10月31日)
- 金城温泉ブログ「『掛け流し』じゃない方のお風呂のお話」(2016年4月13日)
- ワークフェア 薪の情報室「薪風呂ボイラーの選び方と導入ガイド」(2026年3月16日)
- 前橋市水道局「水質検査結果【浄水場】令和8年6月」(2026年6月9日採水)
- 東京商工リサーチ「守りたい『街の銭湯』1,493軒」(2026年6月6日)
- 鏡森ら、日本温泉気候物理医学会雑誌 65巻 73-82頁(2002年)〔食塩濃度と入浴後の体温変化の実測〕
- 消費者庁「冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!」(2020年11月19日)
- 環境省「温泉法第18条第1項の規定に基づく禁忌症及び入浴又は飲用上の注意の掲示等の基準」(浴用の方法及び注意)
- 一般社団法人日本温泉協会「温泉及び温泉地の効果」
よくある質問
Q. 薪で沸かした風呂は本当に柔らかい?
A. 燃料が湯を柔らかくする根拠は見つかりませんでした。薪とガスの両方で沸かす銭湯を浸かり比べた運営側の人は「体感はほぼ変わらなかった」と書き、薪で焚く銭湯の店主も柔らかさの理由を「水だと思う」と答えています。柔らかく感じるなら、井戸水・毎日の新湯・塩素なしという湯使いの方が説明になります。
Q. 薪の湯は湯冷めしにくい?
A. 薪で焚く風呂は熱めになりやすく、熱い湯に入れば体温が上がるぶん冷めるまで時間がかかります。これは燃料ではなく湯温の話です。直火の釜は対流で温度ムラが出にくいという仮説はありますが、実証はされていません。消費者庁は湯温41度以下・湯につかるのは10分までを呼びかけています。
Q. 遠赤外線で湯は変わる?
A. 水は厚さ1mmで3μm以上の遠赤外線をほぼ100%吸収するため、釜の壁から出た遠赤外線は湯の最初の1mmで止まり、湯全体には届きません。湯は伝導と対流で温まり、これは薪でもボイラーでも同じです。
Q. 群馬で薪で沸かす湯に入れる温泉は?
A. 私が入った中では、富岡市の大島鉱泉が、解体した家の廃材の薪で毎日湯を沸かしているそうです。浴室の掲示では循環ろ過も消毒剤も「なし」でした。県内には薪で沸かす銭湯が残っていると聞きますが未訪問のため、この記事では確認できた1軒だけを挙げています。
Q. 掲示を見れば薪かボイラーか分かる?
A. 分かりません。温泉法で掲示が義務づけられているのは加水・加温・循環ろ過・消毒の4項目で、熱源の欄はありません。薪かどうかは番台で聞くしかなく、湯の性格を先に決めるのは循環ろ過と消毒の欄です。



コメント