
大きい湯船に入るとき、私は縁に頭を乗せて、力を抜いて湯に身を任せる。できるだけ無重力に近づけたい、という入り方だ。そして、ぬる湯にしっかり浸かったあとに立ち上がると、体に重力が戻ってくるのがわかる。あの軽さは浮力のおかげなのか、横になった姿勢のおかげなのか、それとも湯の温かさなのか。座り仕事で腰が重い日がある40代として、湯船で腰が楽になる理由を論文で確かめたくなった。
結論を先に書くと、湯船で腰が楽になると言い切れる研究は見つからなかった。ただし、体が軽くなる物理の数字はある。立ったまま首まで水に入ると、脚にかかる体重はおよそ1割になる。一方で「浸かるだけ」で腰痛が良くなるかを調べた試験は探した範囲で見当たらず、浮力と姿勢と温熱がそれぞれどれだけ効いているかは、研究でも分けられていない。
※本記事は公開資料と研究論文の紹介であり、効果を保証するものでも医学的助言でもない。持病のある方、医師に入浴を制限されている方は、入る前に医師に相談してほしい。
結論の早見表|浮力の数字はある、腰痛の試験は浸かるだけでは無い
| 論点 | 調べた結果 |
|---|---|
| 浮力で体はどれだけ軽くなるか | 立ったまま首まで浸かると脚で支える体重は5.9〜10%、みぞおちで25〜37%、腰骨の出っ張りで40〜56%(1987年の理学療法の報告。2014年の論文が引用) |
| 腰の負担は減るのか | 浮力が体を支える向きに働くのは物理として確か。ただし水中で椎間板の圧を測った研究は見つからず、横になるだけでも圧は立位の2〜5割まで下がる(1981年のまとめ) |
| 浮力か姿勢か温熱か | 研究でも「今後の課題」。湯船では温熱・浮力・姿勢が同時に起きる。浮力は水温が変わっても同じ |
| 静水圧は体を絞るのか | 2021年の総説は「外から絞る力ではない」と明記 |
| 浸かるだけで腰痛は良くなるか | 単独で調べた試験は見つからず。成績があるのは水中運動と、運動や泥を足した温泉療法 |
| 死海で浮くのは治療か | 乾癬の死海療法で効いているとされるのは、紫外線の日光浴と死海の水での入浴。浮力が要因とする研究は見当たらない |
浮力で体はどれだけ軽くなるか|首まで浸かれば脚にかかる体重は1割
水に入ると体が軽くなるのは、押しのけた水の重さのぶんだけ上向きの力(浮力)が働くからだ。人の体の密度は水とほぼ同じなので、全身が沈めば浮力は体重とほぼ釣り合う。ジェットバスの記事で取り上げた2021年の総説(Weenink & Wingelaar)も、水に潜った人は「無重力」を経験すると書いている。
どこまで浸かるかで数字が変わる。理学療法のプールに立ったまま水に入った人の、脚にかかる体重を測った1987年の報告(2014年の論文が引用している値)では、首(第7頸椎)まで浸かると脚で支える体重は5.9〜10%、みぞおち(剣状突起)で25〜37%、腰骨の出っ張り(上前腸骨棘)で40〜56%。自治体の健康だよりにある「体重が10分の1程度になる」という言い方は、この首までの値とほぼ重なる。ただしこれは立った姿勢での測定で、座ったり寝そべったりする日本の湯船にそのまま当てはまるかは、この報告からは分からない。
死海で人が浮くのも同じ理屈で、水の密度が高いぶん浮力が大きい。米国海洋大気庁(NOAA)の解説では、死海の表層の塩分は海の5〜9倍、深い所では10倍近い。塩が多いほど水は重くなり、体はより浮く。普通の湯船では死海ほど浮かないが、首まで入ったときに体が軽くなる感覚は、死海に行かなくても群馬の湯船で味わえる。
では、死海で浮くこと自体が治療になるのか。乾癬に対する死海療法で効いているとされているのは、現地の特殊な紫外線による日光浴と、死海の水での入浴で、浮くこと自体が効いているとする研究は見当たらなかった。高濃度の塩水に浮かぶフロート療法も、慢性の痛みで調べた2021年の試験(99名)では、主要な評価項目でプラセボと差が出なかった。
腰の負担は本当に減るのか|横になるだけでも椎間板の圧は立位の2〜5割
浮力が体を支える向きに働くのは、物理として確かだ。ただし、水の中で腰の椎間板にかかる圧がどれだけ下がるかを直接測った研究は、私の探した範囲では見つからなかった。代わりにあるのは、陸上で姿勢を変えたときの測定だ。
椎間板(背骨の骨と骨のあいだにあるクッション)の内部の圧力を、生きた人の腰で直接測った研究がある。1981年にNachemsonがまとめたデータでは、立った姿勢を基準にすると、横になった姿勢では圧が50〜80%下がる。つまり立位の2〜5割だ。1999年に1人の男性の腰に圧力計を入れて日常動作を測った研究(Wilke)でも、うつ伏せや横向きで寝たときの圧は立位の2割ほどだった。
ここで引っかかる。湯船で縁に頭を乗せて体を伸ばしたとき、私の体は半分寝そべった形になっている。横になるだけで椎間板の圧は立位の2〜5割まで下がるのだから、浮力が上乗せした分がどれだけあるのかは、この数字だけでは分からない。
浮力か、姿勢か、温熱か|研究でも分けられていない
ジェットバスの記事で紹介したノーリツの研究者による2012年の研究(健常女性12名)は、噴流浴で長座位(脚を伸ばして座る姿勢)が腰背部の筋負担を減らすと示したうえで、こう書いている。「浮力による影響が大きいのか、姿勢そのものによる筋負担軽減による寄与が大きいのかについては今後の課題」。つまり、湯船で楽になる理由を浮力と姿勢に切り分けた研究は無かった。
温熱も同じだ。浮力は水の密度で決まるので、20℃のプールでも40℃の湯でもほぼ同じだけ浮く。湯船で体が楽になるとき、温かさで筋肉がゆるむ分と、浮力で体重が抜ける分と、横になった姿勢の分は、全部同時に来る。温熱の寄与だけを分けて測った研究は、この記事の範囲では無い。浮力を抜いた入浴は砂風呂の記事に書いた。砂には浮力が無く、温熱と砂の重さだけが残る。
静水圧は「絞る力」ではない|足元ほど強く、立つと一気に抜ける
入浴の三作用と言われる「温熱・浮力・静水圧」のうち、静水圧(水の重さで体にかかる圧力)は「全身がマッサージされる」と説明されることが多い。先に出た2021年の総説は、静水圧は「外から絞る力ではない」とはっきり書いている。同じ深さの組織すべてに等しく伝わるからだ。体に起きている主な変化は、浮力が重力を打ち消して、体液が血管の外へ漏れ出しにくくなることだ。
圧の大きさ自体は小さくない。総説によれば水深1mごとに水柱100cm(約9.8kPa)の圧がかかる。立って肩まで沈む深い浴槽なら、足元には胸よりずっと大きな圧がかかっている。この水圧が抜ける瞬間が、あとで書く安全側の話につながる。
「浸かるだけ」で腰痛が良くなる研究はあるか|あるのは水中運動と温泉療法
ここが一番知りたかったところだ。温かい湯に浸かるだけで慢性の腰痛がどうなるか。それだけを取り出して調べた対照試験(効果を比べるための別の群を置いた試験)は、論文データベースPubMedで探した範囲では見つからなかった。2022年に出た試験計画(Schitter)には、温水に受け身で浸かることは筋の緊張と痛みを和らげると一般に言われているが、慢性腰痛についてはまだ十分に調べられていない、という趣旨の一文がある。
成績があるのは、浸かるだけとは別の2系統だ。
1つは温泉療法。入浴に運動や泥、滞在を組み合わせた複合的な治療で、2006年のメタ解析(複数の試験をまとめて数え直した研究、5試験442名)では痛みの尺度が待機対照より26.6mm改善、2019年の更新(12研究966名)では同じ痛みの尺度で16.07の改善。ただし、どちらの論文も著者自身が「データは乏しい」「限られた研究なので注意して扱うべき」と書いている。
もう1つは水中運動。2018年のメタ解析(8試験331名)では痛みと身体機能の改善があり、2022年に出た113名の試験では、週2回60分の水中運動を3か月続けた群が、電気刺激と赤外線の理学療法を受けた群より痛みが減り、差は12か月後まで続いた。論文はこの結果を、受け身のリラックスに頼るのではなく能動的に運動することによるものだと書いている。水の中で「動く」研究であって、「浸かって休む」研究ではない。
温泉法の適応症の話は、ここでは書かない。環境省の基準で療養泉(成分や温度の条件を満たす温泉)に該当する湯だけに掲示できるもので、湯船一般の話とは別だからだ。条件と全リストは効能ハブの記事にまとめてある。
私の入り方|釈迦の霊泉の段差と、ぬる湯から上がったときの重力
ここからは私の体感で、研究の裏づけはない。
大きい湯船では縁に頭を乗せ、力を抜いて湯に身を任せる。基本的にどこでも同じ姿勢だが、いちばん収まりが良かったのはみなかみ町の釈迦の霊泉だ。浴槽がかなり長く、写真奥の縁に頭を乗せると、足がちょうど浴槽に入る段差に乗っかって、うまい具合に体が収まる。湯口側は41℃で、端のほうは流れる間に放熱してやや低め。連休の土曜の朝、長い湯船を端から端まで使って45分ほど浸かった。入浴料は1,500円(訪問時)。浴槽の形そのものは割とある型だが、長さと段差の位置が私の体に合った。
ぬる湯でしっかり浸かったあとに立ち上がると、体に重力が戻ってくる。たとえば中之条町の大塚温泉 金井旅館は、32.8℃の源泉を加水なし加温なしで張っていて、42℃の湯なら私は10分で限界だが、32℃台は体への負荷が軽く、時間の感覚が溶ける。そこから上がり湯で温まって立つと、脚に体重が全部返ってくる。浸かっている間は体がほとんど軽かったのが、立った瞬間に元の重さに戻るのだから当たり前なのだが、湯船で軽くなった分は返却期限つきだったのかと、毎回少しがっかりする。長く浸かった湯ほどこの落差を大きく感じるが、これは私の感覚で、浮力は浸かった時間で変わらない。
研究を読んだあとの私の立場はこうだ。浮力のおかげだと思っていた軽さは、横になるのと同じかもしれない。それでも私は湯船で腰が楽になる。効くと信じて浸かるぶんだけ脳が勝手に楽にしてくれるなら、それでいい。
安全側|浮いて楽になる裏返しは、立った瞬間に来る
浮力と水圧が抜けるのは立ち上がった瞬間で、体はそこで急に変わる。出典のある安全側の注意を並べておく。
- 浴槽から出るときは、立ちくらみを起こさないようにゆっくり出る(環境省の通知、平成26年7月1日)。消費者庁も、急に立ち上がると入浴中に体にかかっていた水圧が無くなることを挙げて、浴槽から急に立ち上がらないよう呼びかけている
- 浴槽に入る前に手足から掛け湯をして温度に慣らす。入浴時間は初めは3〜10分程度とし、慣れてきたら15〜20分程度まで(同通知)
- 高齢者、高血圧症や心臓病の人、脳卒中を経験した人は42℃以上の高温浴は避ける(同通知)
- 少し動くと息苦しくなるような重い心臓や肺の病気、重い腎臓の病気のある人は「水圧による負担が大きく、医師の厳格な指導が必要」(環境省「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」)。浮いて楽な湯船でも、水圧は体にかかっている
私が釈迦の霊泉で浸かった45分や、大塚温泉での長湯は、この通知の目安を大きく超えている。真似はせず、自分の体調と時間で切り上げてほしい。立ちくらみを感じたら、無理せず湯から出る。
まとめ|体重1割は本当、腰痛の証拠は浸かるだけでは無い
立ったまま首まで水に入ると、脚にかかる体重はおよそ1割になる。これは1987年の報告の数字で、死海の数字は要らない。一方で、横になるだけでも椎間板の圧は立位の2〜5割まで下がるので、湯船での軽さがどこまで浮力のおかげかは、研究でも分けられていない。浸かるだけで腰痛が良くなるかを調べた試験は見つからず、成績があるのは水中で動く研究と、運動や泥を足した温泉療法だった。
それでも私は縁に頭を乗せて浮く。釈迦の霊泉では段差に足を乗せて長い湯船を端から端まで使い、大塚温泉の32.8℃では時間を忘れて、立ち上がるときはゆっくり立つ。理由が浮力でも姿勢でも温熱でも、腰が楽になる体感は変わらない。
よくある質問
Q. 首まで浸かると体重はどれくらい軽くなりますか?
A. 理学療法のプールで測った1987年の報告(2014年の論文が引用)では、立ったまま首まで浸かると脚で支える体重は5.9〜10%、みぞおちで25〜37%、腰骨の出っ張りで40〜56%です。自治体の健康だよりの「体重が10分の1程度」という説明とも重なります。ただし立った姿勢での測定で、座ったり寝そべったりする湯船にそのまま当てはまるかは、この報告からは分かりません。
Q. 腰痛に温泉は効きますか?
A. 浸かるだけで効くと言える試験は、まだ見つかっていません。温かい湯に浸かるだけで慢性腰痛がどうなるかを、それだけ取り出して調べた対照試験が無いためです。改善の成績があるのは、水中で運動する研究と、入浴に運動や泥を組み合わせた温泉療法の研究で、後者は著者自身がデータは乏しいと注意しています。温泉法の適応症は療養泉に該当する湯だけに掲示できるもので、条件は効能ハブの記事にまとめています。私の腰が湯船で楽になるのは、個人の感想です。
Q. 死海で浮くのは治療ですか?
A. 死海の表層の塩分は海の5〜9倍で、水の密度が高いぶん体がよく浮きます。ただし乾癬に対する死海療法で効いているとされているのは、現地の特殊な紫外線による日光浴と死海の水での入浴で、浮くこと自体が効いているとする研究は見当たりませんでした。高濃度の塩水に浮かぶフロート療法も、慢性の痛みでプラセボと差が出なかった対照試験があります。
Q. ぬる湯と熱い湯で浮力は違いますか?
A. 浮力は水の密度で決まるので、32℃のぬる湯でも42℃の熱い湯でもほぼ同じだけ浮きます。違うのは温熱の作用と、浸かっていられる時間です。浮力は同じなので、どちらの湯でも立ち上がるときは、立ちくらみを起こさないようにゆっくり出てください。



コメント