藤岡市の八塩温泉で、日帰りできる湯は2軒しかない
群馬県藤岡市の鬼石地区に、八塩温泉という小さな温泉地がある。現在営業しているのは八塩館・神水館・鬼石観光ホテルの3軒。このうち日帰り入浴を受けているのは、鬼石観光ホテルと八塩館の2軒だけだ。神水館は日帰り入浴を行っておらず、八塩館も宿泊客の入り具合によって受けられない日がある(後述)。
つまり、ふらっと寄って八塩温泉に入りたいなら、実質的な選択肢は鬼石観光ホテル1軒ということになる。
そしてこの湯が、数字だけ見るとかなり濃い。溶存物質28.06g/kg(遊離ガスまで含めた成分総計では29.06g/kg)。塩化物イオンだけで11,523mg/kg。私がこれまでに分析書を確認できた群馬の湯のなかでは、2番目に濃い。それが藤岡の山あいから、ポンプも使わずに自然に湧いている。
ところが実際に浸かって湯を舐めると、身構えたほどの塩辛さは返ってこなかった。
この記事は、その落差の話である。理由は、浴室の壁に4行で貼り出されていた。

浴室に貼られた4行が、この湯のすべてを説明していた
脱衣所を抜けて最初に目に入ったのが、この掲示だった。

逐語で書き出す。
温泉では以下の処理をしています *加水しています 温泉の供給量の不足を補うため *加温しています 入浴に適した温度に保つため *循環しています 浴槽内の温度を一定に保つため *消毒剤を使用しています 衛生管理のため塩素系薬剤を使用
温泉法第18条第1項にもとづく掲示(泉質や入浴上の注意に加えて、加水・加温・循環・消毒の有無を利用者に知らせる義務がある)である。4項目すべてに該当している。この時点で、源泉かけ流しではない。
加水と聞けば「濃すぎるから薄めているのだろう」と考えるのが自然だが、掲示はそう書いていない。理由は「温泉の供給量の不足を補うため」。濃さの問題ではなく、量の問題だった。
八塩温泉「おにの湯」の分析書は2枚あった(平成5年と昭和48年)
浴室まわりには温泉分析書が2枚、並べて掲示されていた。新しい方から見る。

現行の分析書(分析年月日 平成5年3月31日)
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 温泉名・源泉名 | 八塩温泉(源泉名;おにの湯) |
| 泉質 | ナトリウム-塩化物強塩冷鉱泉(中性高張性冷鉱泉) |
| ゆう出地 | 鬼石町大字諏訪121-5(現・藤岡市。施設所在地の浄法寺105とは別の大字にあたる) |
| 調査年月日 | 平成4年12月22日(分析終了 平成5年3月31日) |
| 泉温 | 7.3℃(調査時気温 8.5℃) |
| 湧出量 | 測定せず(自然湧出) |
| pH | 6.6(現地)/6.85(試験室) |
| 蒸発残留物 | 25.10 g/kg(130℃) |
| 溶存物質 | 28.06 g/kg |
| 成分総計 | 29.06 g/kg |
| 主な陽イオン | ナトリウム 8,120mg/カリウム 990mg/カルシウム 383mg |
| 主な陰イオン | 塩化物イオン 11,523mg/炭酸水素イオン 4,953mg/硫酸イオン 1,123mg |
| メタけい酸 | 25.0mg |
| メタほう酸 | 774mg |
| 遊離二酸化炭素 | 995mg |
| 分析機関 | 群馬県衛生環境研究所 |
数字を読むと、この源泉の性格がはっきり出てくる。
高張性というのは、温泉1kgあたりの溶存物質が10g以上あって、人間の体液より濃いという区分のこと(8g以上10g未満は等張性)。おにの湯は28.06g/kgなので、境界の2.8倍。うち塩化物イオンが11,523mg/kgで、溶けているものの4割強を占める。
私がこれまで群馬で分析書を確認できた高張性の湯は、下仁田の八千代温泉 芹の湯が14.59g/kg、高崎倉渕の相間川温泉が23.1g/kg、安中の磯部温泉 恵みの湯が34.07g/kg。八塩のこの湯は28.06g/kgで、相間川を上回り、恵みの湯には届かない位置にいる。
一方で泉温は7.3℃。25℃未満なので「冷鉱泉」になる。湧いた湯は、真冬の水道水くらいの冷たさで出てくる。
もうひとつ、遊離二酸化炭素が995mg/kg入っている。療養泉で「二酸化炭素泉」を名乗れるのは1,000mg/kg以上なので、5mg足りない。泉質名に「含二酸化炭素-」の冠が付かないのは、この5mgの差である。ちなみに下仁田の八千代温泉 芹の湯は同じ高張性の冷鉱泉で、遊離二酸化炭素は1,018mg/kg。こちらは「含二酸化炭素-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉」と冠が付いた側にいる。995と1,018。その23mgのあいだに療養泉の1,000mg/kgの線が通っていて、冠の有無が分かれる。
湧出量は「測定せず(自然湧出)」。ポンプで汲み上げているのではなく、自然に染み出してくる湯を受けている。昭和48年の分析書も、ゆう出量の欄を「自然ゆう出(測定不可)」としていた。
ここで、さっきの掲示の一行とつながる。
掲示が書く「供給量の不足」は、この自然に染み出してくる量のことだろう。そして7.3℃だから、加温しないと入れない。循環の理由として掲示が挙げているのは「浴槽内の温度を一定に保つため」。循環させる以上、衛生管理で消毒する。
4行の掲示は、この源泉で営業を続けるための必然だった。濃さをごまかすために薄めているのではなく、そもそも足りないから足している。
なお微量成分(総ひ素・銅・鉛・総水銀)はすべて「検出せず」と記載されている。

昭和48年の分析書
隣に貼ってあるのが、昭和48年9月19日調査の分析だ。こちらは記録として面白い。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 源泉名 | 鬼石観光ホテルの湯 |
| 泉質 | 純強食塩泉(緩和高張性冷鉱泉) |
| 泉温 | 20.5℃(気温 21.0℃) |
| 湧出量 | 自然ゆう出(測定不可) |
| pH | 8.0(比色法)/7.05(試験室・硝子電極法) |
| 蒸発残留物 | 22,112.6 mg/L |
| 総計 | 24,109.02 mg/L |
※この「総計」は mg/L 表記で、現行分析書の溶存物質・成分総計(mg/kg)とは単位も指標も違う。2枚の数字を縦に並べて濃くなった/薄くなったと読むことはできない。
源泉名が「鬼石観光ホテルの湯」から「おにの湯」に変わっている。泉質の呼び方も「純強食塩泉」から「ナトリウム-塩化物強塩冷鉱泉」へ。泉質名のほうは、泉質が変わったのではなく温泉の分類と呼称の基準が変わったためだ。同じ湯を、新しいものさしで呼び直している。源泉名の「おにの湯」は施設が改めたものだろうが、経緯は分析書からは分からない。
泉温が20.5℃と7.3℃で13℃も違うが、これを「源泉が冷めた」と読むのは早い。昭和48年の調査は9月で気温21.0℃、そのときの泉温が20.5℃。平成4年の調査は12月で気温8.5℃、そのときの泉温が7.3℃。2枚とも、泉温が気温のすぐ下に付いている。源泉が冷めたと読むより、外気に引っ張られている湯だと読むほうが自然に見える。ただし分析書は2枚しかないので、それ以上は確かめようがない。
なお昭和48年の分析書には浴用・飲用の適応症が並んでいるが、これは現在の基準とは別の旧基準による記載である。掲示にあった現行分析書は「禁忌症・適応症は温泉分析書別表に記載」としているが、その別表そのものは館内で見つけられなかった。したがって本記事では適応症に踏み込まない。

もう1枚、水質検査結果書も貼られていた。公益財団法人群馬県健康づくり財団による浴槽水の検査で、試料種類の欄はやはり「浴槽水(循環式)」。レジオネラ属菌は不検出(基準値10CFU/100mL未満)。掲示で確認できたのは、令和3年発行のこの1枚だった。
鬼石観光ホテルの岩風呂に浸かって、湯を舐めてみた

訪れたのは祝日の朝いちばんの時間帯。浴室は岩で組まれた浴槽がひとつ。天井は淡いピンクに花模様が入っていて、温泉施設というより昭和の観光ホテルの内風呂そのものだ。窓の外は緑で埋まっている。
浴槽はこの内湯ひとつきりで、露天はない。湯は体感でぬるめ、40度あるかないかといったところ(温度計で測ったわけではない)。いつまでも浸かっていられる気持ちよさがあるが、消費者庁と環境省は入浴事故の予防として湯温41度以下・入浴時間は10分程度までを呼びかけている。ぬるいと時間の感覚がなくなるので、そこだけは意識した。

洗い場のアメニティは一通り揃っている(内訳は下の基本データ表に)。
着いたときに宿泊客とすれ違い、あとは出るまで誰も来なかった。結果として、祝日の朝にこの岩風呂を独り占めしたことになる。

湯は、ぱっと見は澄んでいて浴槽の底のモザイクタイルまで見える。ただしよく見ると、うっすらと濁っている。分析書の知覚欄にも「微濁あり」とあった(こちらは源泉の記載だ)。肌に触れると、ややとろっとした感触がある。
そして、味である。
成分表の上では、この源泉1kgに塩化ナトリウム換算で19gほどの食塩が入っている計算になる。塩化物イオンだけなら11,523mg/kg。海水の塩化物イオンは一般に19,000mg/kg前後といわれるから、そのおよそ6割にあたる。舐めれば当然しょっぱい——はずだった。
返ってきたのは、ほんのり程度の塩味だった。
塩の味は確かにする。だが、海水の6割という数字で身構えて舐めると、拍子抜けするくらい淡い。薄めているのは加水だ。そして循環は、薄まった湯を浴槽に戻し続ける。源泉に入れ替わる瞬間がない。掲示に書いてあるとおりのことが、そのまま舌の上で起きていた。分析書の数字は源泉の数字であって、浴槽の湯の数字ではない。当たり前のことなのだが、28g/kgを頭に入れて入ると、この落差はなかなか強烈だ。
薄めるとどこまで落ちるのか、数字で見た例が安中にある。磯部温泉 恵みの湯の掲示表には「入浴時(うすめ後)成分総計3.24g/kg」とあり、ナトリウムイオンと塩化物イオンはそれぞれ源泉のおよそ11分の1まで落ちている(分析年が10年違うので参考値だが)。加水と循環が入った湯では、そのくらいの落差が実際に起きる。
それでも、ゼロではない。薄められてなお舌に残るわずかな塩味が、この湯がどこから来たのかを示している。

湯口のまわりは茶色から赤茶に変色し、白い付着も出ている。この湯口から落ちているのが源泉なのか循環した浴槽の湯なのかは、掲示には書かれていない。だがどちらであっても、この一角では、薄める力より時間のほうが勝っている。舐めればあれだけ淡いのに、湯の通り道にはこれだけ残る。しばらく湯口の前から動かなかった。

源泉かけ流しではない八塩温泉を、どう受け取るか
4項目すべてに「あり」が付く湯そのものは、珍しくない。高崎倉渕の相間川温泉 ふれあい館も、安中の恵みの湯も、吉井の湯端温泉も同じ並びだった。差が出るのは加水の理由のほうだ。相間川は「源泉温度が高く、冷却するため」、恵みの湯は「温泉資源保護のために揚湯量の制限があるので、その不足を補うため」。同じ「加水あり」でも、熱すぎるから薄める湯と、揚湯量の制限で汲む量を絞られている湯が、同じ1行の下に並んでいる。
鬼石と同じ「供給量の不足」を挙げているのは、湯端温泉だ。掲示は「源泉の供給量不足を補うため加水しています」。湧出量が測定不能なところまで同じだ。違うのは温度と濃さで、湯端は15.0℃・溶存物質6.36g/kgの低張性、鬼石は7.3℃・28.06g/kgの高張性。足りない量を加水で嵩上げし、低い温度を加温と循環で押し上げる。処理の組み合わせは同じでも、7.3℃のほうが押し上げる幅は大きい。
掲示そのものは義務だが、理由の書きぶりには館差がある。ここは4行とも、言い訳をせずに理由だけを書いていた。恵みの湯の掲示にも同じ良さがあると以前書いた。鬼石はそこに加えて、「かけ流し」を一度も名乗っていない。浴室の掲示にも、公式サイトの全8ページにも、その語は出てこない。書けることだけを書いている。
書きぶりの違いは、循環の理由にも出る。相間川は循環について「かけ流しだけでは浴槽に温泉成分が沈殿し淀みます」と書いていた。濃い湯を回す理由を、濃さの側から説明している。八塩と並べて読むと、同じ4行がまったく違う事情を語っているのが分かる。
濃い湯をかけ流しで浴びたい人には、この湯は向かない。だが藤岡・鬼石まで来て八塩温泉に入るという体験そのものを取りに来たなら、ここが現実的にほぼ唯一の窓口になる。三波石峡や桜山公園とセットで組むと収まりがいい。
以前、広島の江田島で入った江田島荘は溶存物質26.05g/kgで、ここより少しだけ薄い。あちらは31.8℃の低温泉で、源泉そのもののぬる湯に浸かることができた。同じくらいの濃さの湯に源泉のまま浸かれた場所を知っていると、7.3℃という泉温の重さがよく分かる。31.8℃なら選べた選択肢が、ここには最初から無い。
もう少し西に寄ると、冷たい湯の集まる一帯がある。安中・富岡・下仁田に高崎吉井を足した西上州6湯は、6軒のうち4軒が13.7〜15.0℃。冷たい湯をどうやって入れる湯にするかで、6軒の答えが5通りに割れていた。7.3℃の八塩は、その系譜のいちばん端にいる。
28.06g/kgは源泉の数字で、浴槽の数字ではない。その落差を含めて受け取れるなら、ここは行く価値がある。壁の4行が、落差の理由を全部書いてくれている。
▶ 湯上がりの昼は、同じ藤岡市の市街地にある焼肉宝来軒(『孤独のグルメ』登場店)へ。
よくある質問
Q. 八塩温泉で日帰り入浴できる施設は? A. 鬼石観光ホテルと八塩館の2軒です。神水館は日帰り入浴を行っていません。ただし八塩館は宿泊のお客さんの入り具合によって当日受けられないことがあり、事前に電話連絡が必要と案内されました(2026年9月に確認)。鬼石観光ホテルのほうは、私が行った日は宿泊客がいても日帰り入浴を受け付けていました。それでも旅館の日帰りなので、電話を一本入れてから行くのが確実です。
Q. 鬼石観光ホテルの湯は源泉かけ流し? A. いいえ。浴室の掲示に、加水・加温・循環・消毒の4項目すべてを行っていると明記されています。加水の理由は「温泉の供給量の不足を補うため」、加温は「入浴に適した温度に保つため」、循環は「浴槽内の温度を一定に保つため」、消毒は「衛生管理のため」と掲示に書かれています。
Q. 八塩温泉の泉質は? A. 鬼石観光ホテルの源泉「おにの湯」は、ナトリウム-塩化物強塩冷鉱泉(中性高張性冷鉱泉)です。泉温7.3℃、pH6.6、溶存物質28.06g/kg(遊離ガスまで含めた成分総計29.06g/kg)で、塩化物イオン11,523mg/kg・ナトリウムイオン8,120mg/kgという濃い湯です(分析年月日 平成5年3月31日)。
Q. 湯はしょっぱい? A. ほんのり塩味を感じる程度でした。源泉の塩化物イオンは11,523mg/kg(海水のおよそ6割)ありますが、加水と循環が入っているため浴槽の湯はかなり薄まっています。分析書の数値は源泉のものであって、浴槽の湯のものではありません。
Q. 日帰り入浴の受付時間と料金は? A. 大人600円・子ども400円でした(2026年9月時点)。料金の掲示は見当たらず、受付で確認した額です。受付は9時から20時頃までと案内されました。日帰り入浴の支払いは現金のみと言われました。
基本データ表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施設名 | 八塩温泉 鬼石観光ホテル |
| 所在地 | 〒370-1406 群馬県藤岡市浄法寺105 |
| 電話 | 0274-52-4143(電話受付 8:00〜23:00・年中無休) |
| アクセス | 公式の交通案内は路線バスのみ記載(朝日バス 神川町神泉総合支所行/日本中央バス 上野村ふれあい館行・鬼石郵便局前行)。※上野村行の急行バスは八塩温泉郷に停車しない。車の場合は下の駐車場欄を参照 |
| 駐車場 | 無料30台・予約不要 |
| 浴室 | 内湯のみ(岩風呂1槽)・露天なし |
| アメニティ | 洗い場にシャンプー・リンス・ボディソープ・洗顔あり。ドライヤーは浴室の外の洗面台 |
| 日帰り入浴 | 9:00〜20:00頃(9時は事前の電話確認、20時頃は当日の受付での聞き取り) |
| 定休日 | 日帰り入浴の休業日は未確認(年中無休は電話受付の話) |
| 料金 | 大人600円・子ども400円(2026年9月時点・料金掲示はなく受付で確認) |
| 支払い | 日帰り入浴は現金のみ(受付で案内あり。公式サイトは宿泊向けに各種クレジットカード可と記載) |
| 泉質 | ナトリウム-塩化物強塩冷鉱泉(中性高張性冷鉱泉) |
| 源泉 | 八塩温泉 おにの湯(泉温7.3℃・自然湧出・pH6.6・溶存物質28.06g/kg/成分総計29.06g/kg・分析年月日 平成5年3月31日) |
| 湯づかい | 加水・加温・循環・消毒(いずれも館内掲示に明記) |
| 公式 | https://www.4143.jp/ |



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